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建築業界に入るまで②

プライベート

『勘違いが始まった、バンド時代』

 

これまで、モトクロス漬けの毎日だった私は、止めたことによって、ポカンと穴が開いたような日々でした。なんだか自信も無くし、虚無感に陥ってもいました。

 

そんな時、友人からバンドに誘われました。何にもやることがなかった私は、流されるがままに“OK”して始めました。声が高く、音域も広かったという事もあり、ボーカルを主に担当しました。

 

そうやって、初めてライヴに出演した時、客席から黄色い歓声が飛んできて、何を勘違いしたのか、それからどんどんバンドの世界に入り込んでいきます。

 

 

モトクロスでもそうだったように、一方方向しか見れない生き方しか知らない私は、音楽の“おの字”も知らないくせに、これだ!と思い込み、ハマり込んでいきます。

 

高校卒業後、愛知県の会社に就職したのですが、高校の時のバンドメンバーの一人と結託して、1ヶ月で仕事をやめ、バンド活動をするため上京しました。

 

早速、メンバー集めに奔走したり、個人レッスンで学校に通ったり、2人だけでスタジオに入ったりと、一応やれる事はやっていたのですが、なかなか思うようにいかず、時間だけが過ぎていきました。

 

生活はというと、バブルも手伝って? 浮かれていた私たちは、稼いだバイト代も一気に使い込んでしまう程、何も考えない生活を送っていました。おかげで、水だけで過ごすという体験もしましたが、完全にイカレテいました。

 

 

そんなだから、東京での生活は長く続けられず、おめおめと実家に帰って参りました。

 

バンドは地元で活動しようと、メンバーを集めて、頑張り? は、したのですが、すぐにメンバー間と将来に対する意見が分かれ、帰ってきて半年も経たずに解散することになりました。

 

 

 

『ビデオプロダクションでの日々』

 

このままでは、マズい! そう思い、就職活動をはじめ、福岡のビデオプロダクションに就職することとなりました。配属された部署は、新設されて間もない制作部でした。。

 

まず最初に、社長の下で編集アシスタントして働きました。この仕事が結構きつくて、5日間連続勤務(その間一睡もしない)といったこともあり、土曜日の22時に就寝し、月曜の朝7時に目が覚めて、日曜だと勘違いして、そのまま寝ていたら会社から電話がかかってきて、月曜の朝だと気づく、といったこともありました。

 

とにかくこの時期、体がボロボロになるまで働き続けることに、躍起になっていたように思います。モトクロスを辞めた時から、心の中にポカンと開いた穴を埋めることに、必死だったのかもしれません。

 

しかし、みんなで一つのものを作り上げるといった体験をし、チームで一つの目標に向かうって「いいなあ」って、すごく感じたことが今でも残っています。

 

やがて、編集からディレクションの仕事も任せてもらえるようになり、主に当時のダイエーホークスの取材や、なんと、モトクロス中継の仕事も関わらせて頂きました。

 

ご縁って、あるんですねぇ。

 

 

 

『交通事故で、400万円の借金』

 

そんな日々を過ごしていたある日、友達の車を運転していて、物損事故を起こしてしまい、400万円の借金を背負う事になりました。両親に立て替えてもらって、少しづつ返していたのですが、計算すると完済までに15年~16年くらいかかってしまうので、将来も見据えて、トヨタの期間工へ行き、2年で返す計画を立て、ビデオプロダクションを辞めることに。

 

 

会社の皆からは、盛大な送別会をしてもらい、思いのこもった寄せ書きをもらいました。これは今でも、私の部屋に飾っています。それにしても、私のpromiselandはどこなのか?

 

22歳の春、また新たな旅立ちでした。

 

-つづく-